僕らの現実非日常?

誰かこのロマンティックを止めてくれ

偽物、本物

家族とは。家族とは何なのだろうか。

 

俺の家族。無口な親父、酒が好きな母親、意味の分からない妹。そして実家の猫たち。俺は、ある日、両親からこう言われた。

 

母親「あんたはね、お父さんがう〇こしてる時に出てきたんだよ」

 

親父「そうだよ!」

 

耕平(当時4歳)「へぇ。そう」 

 

そしてまたある日、母親の誕生日。俺は祝った。

 

耕平(当時4歳)「お母さん、誕生日おめでとう」

 

母親「ありがとう。何歳になったと思う?」

 

耕平「昨年27だったから、28歳になったんだね」

 

母親「よく覚えてるね」

 

俺は毎年しっかりと母親の誕生日を祝った。

 

耕平(当時6歳)「30歳おめでとう」

 

妹(当時4歳)「兄ちゃんバカだね。お母さんもっと年寄りだよ」

 

耕平「そうなの?」

 

妹「ほら」

 

健康診断のはがきを見せられる。

 

耕平「・・・ババアやん」

 

母親「あらバレちゃった」

 

これが俺の家族。血の繋がった本物の家族である。そして、俺には血の繋がっていないじいちゃんがいる。父型のじいちゃん。俺は気にしたことがない。俺は血の繋がりとか、どうでもいい。だが、、、俺はじいちゃんをじいちゃんと呼んだことがない。

俺だけでない。母親も、妹も、そして親父もじいちゃんと呼んでいない。それでも、じいちゃんはじいちゃんで、俺たち兄妹を可愛がってくれている。その愛情がたとえ偽物でも、俺にとっては本物の愛情だ。

毎年大晦日、じいちゃんの家へ、食事に招待される。毎年行くわけではなく、予定が空いている時に行っている。

 

ある日の大晦日。親父と妹とじいちゃんの家に行く。ボロボロで隙間風がひどい。貧乏も遺伝なのかもしれない。紅白を見ながら、料理を食べる。今、俺は親父の家族と時を過ごしている。ばあちゃんが料理を運んでくる。俺も妹も、ばあちゃんはばあちゃんと呼ぶ。俺の親父にとっては本物の母親。しかし親父は、言い方によっては偽物なのかもしれない。

 

じいちゃんは俺の親父に酒を注ぎ、最近どうだと質問をする。無口な親父は、まぁ、と言う。俺の親父は、じいちゃんのことをどう思っているのだろうか。じいちゃんは妹に視線を移し、高校は楽しいかと質問をする。素っ気なく、うんと答える。妹も、どう思っているのだろう。じいちゃんは俺に視線を移し、親父の名前を呼び、学校行ってるか、と質問をする。

 

親父「おう・・・」

 

おう・・・じゃねーし。

 

まず、俺と俺の親父の名前を間違える。そして、学校行ってるかという、まるで俺が不良であるかのような質問。それに対し”おう”と答える親父。しかし、ツッコミを我慢する。饒舌なツッコミにじいちゃんばあちゃんが腰を抜かしたら大変だからな。代わりにばあちゃんが、あんた名前間違っとるがな!というクソほどつまらないツッコミをする。本当に俺の家族なのだろうか、と、疑ってしまうほどのツッコミだ。料理を黙々と食べる妹。じいちゃんの前にある醤油を見る。

 

――俺はじいちゃんをじいちゃんと呼んだことがない。

俺だけでない。母親も、妹も、そして親父もじいちゃんと呼んでいない。

 

 

 

妹「ちょっと親方、醤油取って」

 

親父「親方、マヨネーズも」

 

耕平「親方、ビールくれ」

 

俺たち家族は、このじいちゃんを、親方と呼んでいる。理由はわからない。俺に聞かないでくれ。ただ、例え血の繋がっていない偽物であっても、俺にとっては本物のじいちゃんだ。